落語? いえいえ落話です
Rakugo? No No Rakuwa.

豊田ナンバー

吉川友梨ちゃん捜索にご協力を

 ここは、豊田(トヨデン)市、同じ名前を持つ自動車メーカーのお膝元である。そんな所で、他社製の車を登録しようという、引っ越してきたばかりの青年と、対応した陸運局のお役人のお話し。青年は、念願叶って購入したスカイラインGT-Rのナンバーを取得しに来た。

「ナンバー交付、お願いしまぁす。」
「はい、はぁーい。えぇーっと書類はこれね。えっ? 日産車で登録するの?」
「えぇ、そうですよ。」
「だって、日産車なのに、ナンバーに豊田って書かれちゃうんだよ。」
「あぁ、まぁ、仕方ないですよねぇ、この地域に住んでるんだし…。」
「何でスープラにしなかったの?」
「いやいや、いいじゃないですかスカイライン。小さい頃から欲しかったんですよGT-R。やっと買ったのに…。」
「仕方ないけど、じゃぁ、ナンバーには、Tマークのエンブレムじゃなくて、漢字表記の方がいいね?」
「そんなの選べるんですかっ? いつからここだけ、そんな特区になったんですか?」
「そりゃぁ、国だって、大金払ってくれるスポンサーには、優遇措置ってもんをするでしょ。」
「とにかく、漢字でいいですよ。早くナンバー下さい。」
「スープラは考えなかった?」
「いいじゃないですかっ! そんなにお役人が一企業に肩入れして、いいんですか?」
「だってあなた、地域ってもん、考えなくっちゃ。この辺じゃ、除夜の鐘は『ゴーン』じゃなく『ボーン』とか『ドーン』って言わないと、大変な事になるよ。市役所のコンピュータも、『スズキ』さんじゃ入らないから『スズノキ』さんにして入れるのね。だから日本一スズキさんがいない地域になったし、学校の理科の授業じゃぁ、スバルはプレアデス星団って答えないと、親が呼び出されるから、和名でなんか言えないよ。もっとも教えてくれないけどね。あとねぇ、製造業の会社は一日に作った量は集計しないの。何でかって言うと『日産いくつ』って言わなくっちゃならないでしょ?」
「似た単語を言うのも嫌なんですか?」
「車買う時だって、苦労したでしょ?」
「えぇ、まぁ、販売店が見つからなかったから、インターネットで検索したんですけど、『闇のなんとか』っていう怪しいサイトでしか出てこないし、連絡もそのサイトからしか取れないんですよ。契約する時も、東京の喫茶店を指定されて『カードは記録が残るから』って現金で、しかもそれをテーブルの下でやり取りしたんですよ。めんどうだったなぁ…。あぁ、そんな事よりも、今は好きなナンバー選べるんですよねぇ。何がいいかな?」
「豊田車以外は選べないよ。」
「何でですかぁ? “公正な抽選”で当たるんですよねぇ?」
「抽選は公正だけど、その抽選に参加できないんだよ。」
「どんだけ差別するんですか!」
「あぁ、でもあまってるナンバーなら選べるよ。」
「じゃぁ、何があるんですか?」
「4、2、1、9なんてどう?」
「“死に行く”じゃないですか! 嫌ですよっ。縁起悪いなぁ。」
「並びものもあったなぁ、えぇっと、4、9、4、9はどう?」
「“シクシク”って泣いてるじゃないですか! こんなのも嫌ですよっ。」
「あっ、いいのがあったよ! 2、3、5、5はどう?」
「“ニッサン、ゴーゴー!”いいじゃないですか、これ下さい。」
「煽られるよ、これ。」
「上等ですよ、ブッチ切ってやりますよ。なってったって、GT-Rですからねぇ、ヘッヘッヘッ。」
「あんまり無理しないでね。昔ねぇ、若いのが間違って、このナンバーを交付して、お客に胸ぐら掴まれて、スゴまれちゃってねぇ、大変だったんよ。それ以来、永久欠番にしたんだけどね、良かったよ、今日ひとつ減って…。」
「厄介者みたいなナンバーじゃないですか、もう。ちゃんと登録してもらえるんですよねぇ?」
「あぁー(困った)、誰がコンピュータに入力するか、もめるだろうなぁ。登録に1ヵ月は見てもらえる? ジャンケンしなくちゃならないから。」
「そんなのチョンチョンチョンって打ち込めば、すぐでしょっ。すぐにやって下さいよっ。」
「あぁ、もう、仕方がないから、私が後でコッソリ登録しておきますよ。」
「コッソリやらなくても、いいでしょ、仕事なんだし…。」
「そういうわけにもいかないんよ。監査が入った時に『誰だ、こんなナンバー交付したのはっ』ってなるから、誰が登録したか、判らない様にしておかないと…。私も家族がいるからねぇ。あっ、そうそう、だからこれに署名捺印してね。」
「えぇ、何ですかこれ? 何々『誓約書 私はこんなナンバーで、いかなる不幸になっても、一切の責任を負います。』?」
「白バイも目の敵だっていう噂だしね。豊田のマークが付いていないだけで、整備不良のキップを切られる、っていう話しも聞いたことあるよ。だから、そこにハンコね。」
「車検にマークの項目なんて無いじゃないですか。えぇ、もう、ハンコでも何でも押してやりますよぉ。いざとなったら、裁判所に訴えてやる。」
「でもねぇ、あなた。地裁の裁判官も地元の人よ。棄却されるのがオチじゃないかなぁ…。本当にスープラじゃダメなの?」
「いいんですっ、スカイラインG、T、Rっ! もう、手続き済みましたよねぇ、ナンバー下さいよ。」
「登録交付手数料、“倍”なんだけど、いい?」
「何でですかっ! 同じ鉄板のナンバーで、同じコンピュータに登録されるんでしょ?」
「だって、こんなに長々とリスク説明はしなくちゃなんないし、コンピュータ登録に、局内をあげてのジャンケン大会もしなくちゃなんないし、手間がかかるんですよ。まぁ、今回は私が登録しちゃいますけどね。」
「説明も、ジャンケンもしなくていいでしょ。『ナンバー下さい。はい、どうぞ。』で。もうこうなったら、何が何でも交付してもらいますよ。手数料、倍でも、何倍でも払いますよぉ、持ってけ泥棒っ!」
「泥棒はヒドイなぁ、はい、これおつりね。で、ナンバーがこれね。」
「って、これ仮ナンバーじゃないですか。ちゃんとしたの下さいよ。」
「よく見て、赤いビニールテープで斜線になってるだけでしょ。だって、大っぴらに交付できないじゃない。世間体もあるし…。」
「世間体は関係無いでしょう、お役所なんだから…。もう、こんなテープ、剥がしますよ。」
「あぁーっ、悪い事言わないから、貼っておきなさいって。仮ナンバーだと思わせておけば、『あぁ、あいつ今からスカイライン捨てに行くんだぁ』って、パトカーも見逃してくれるから…。」
「見逃してくれなくてもいいし、捨てになんか行きませんっ。正々堂々と乗りますよ。あれっ? お役人さん、ヤケに親身になってくれますねぇ。本当はご自分も、日産車乗りなんじゃないですかぁ?」
「いえいえ、私は訳があって、車を持っていません。だから、バイク通勤なんです。大きな声じゃ言えませんが、本田の株(カブ)を持っていますから…。」

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