落語? いえいえ落話です
Rakugo? No No Rakuwa.

天平奉行

吉川友梨ちゃん捜索にご協力を

「真念、真念はおらんか?」
「神様、真念はここに来てから、ずぅーっと天国を満喫しており、糸の切れた凧の状態で、どこに居るやら。」
「んー、だが、ちと頼みたい用がある。すまぬが捜して連れてきてくれぬか?」
「かしこまりました。」

§

仕方なく、真念を捜しに出かけました。
しかし、大体いそうな所は察しがつきます。
まずは、盛り場。
かわい子ちゃんがウロウロしていて、声を掛けやすい大通りを捜してみます。
真念は元は小坊主なので、クリクリ頭をさがせば見つかるはずです。
いません。
次は、一杯飲み屋。
いました。
今、まさに飲み始めようというところでした。
しらふのうちに捜せてホッと一息。

「おい真念。神様がお呼びだよ。」
「また“お呼び”ですか? つい先日“お呼び”が来て、こっち(天国)に来たばかりじゃないですかぁ。」
「とにかく、お呼びだ。早く行きなさい。」
「…、このお銚子…、片付けちゃっていいですか?」
「あぁ、もう、いいよ。早く飲んじゃいなさい。」
「…、蕎麦も頼んじゃったんですけど…。」

§

せかされて、なんとか神様の元に帰ってきました。
「おぉ、真念、やっと来たか、実はなぁ…。」
「神様、天国に来たんだから、もう“お呼び”が掛かるとは、夢にも思わなかったんですけど。」
「まぁ、聞きなさい。おまえは下界では坊主として信望も厚かった。そこでだなぁ…。」
「お断りいたします。」
「まだ何も言っていないではないか。」
「どうせ下界に行ってナンチャラカンチャラなんですよねぇ?」
「んー、まぁ、そうなんだが、別におまえに…。」
「お断りいたします。だって旦那ぁ、せっかくここに来て…、(小声で)酒は旨いし、ねぇちゃんは綺麗で…、そんなひと月やそこいらで…。」
「旦那ぁ? 何? 聞こえないぞ。まぁ、おまえがここを満喫したいのは解るが、なぁに、ちょいと下界にお使いに行って欲しいだけだ。用事が済んだら、すぐに戻ってくればいい。」
「(小声で)どうせ断っても神様のことだから、言い出したらきかねぇだろうなぁ。(急に大きな声で)仕方がねぇ、坊主と言えども江戸っ子だ。ひとはだ脱ごうじゃねぇか。行って来ます。チャッと行って、チャッと戻って来ます。でも戻ってきたら、綺麗所をお願いしますよ。」
「おまえ本当に元坊主かい? 黄金色の菓子折りも要求する悪徳代官じゃないよなぁ。心配になってきちゃったよ。あぁー肝心の用なんだがなぁ(かくかくしかじか)」
「そんなの神様が枕元に立てばいいんじゃないんですか?」
「ところがその者、ぐっすり寝ていて、まったく用が伝わらんのだ。だから、おまえが行って、直接伝えてきてくれ。」
「へぇーい。」

§

いまいち、気は乗りませんでしたが、真念は姿を変え、言われた通り下界に降りました。
目指すは日本橋の外れの、ちょぃと角を曲がった横町です。
残念ながら、この辺の土地カンはありません。
キョロキョロしているうちに、なんとか神様から聞いた通りと思われる家の前にきました。

「おぉ、たぶんここだ。うぉほん、ちょいとごめんよぉー! 銀ちゃんはいるかい?」
「なぁーにぃー、銀ちゃんだとぉ? この野郎っ、なんて馴れ馴れしい糞坊主なんだ。うちの親分に何の用でぇ?」
(親分? 神様“親分さん”なんて言ってたかなぁ? でもなぁ、神様が頼み事するくらいだから、大成して親分って呼ばれててもおかしくねぇかぁ。)
「えぇー、その親分にだねぇ、神様からの言付けがあるんですよ。」
「…、?」
「だから、神様からの言付け…。」
「おまえさん、来ちまったのかい?」
「えぇ、来ちまいましたよ。」
「…、やっぱりねぇ。」
「へっへっへっ、綺麗所が待ってるもんで。」
「…、おまえさん、相当来ちまってるねぇ。」
「相当? いや、初めて来たんですけど…。」
「…、来ちまったって、(頭を指差す)だよ。」
「いくら坊主だからって、頭だけ来ませんよ。幽霊だって無ぇのは足ぐれぇだ。まぁ幽霊みてぇなもんですけどねぇ。」
「親分ーん、妙な坊主が来てますよぉ。あっしにはもう手に負えねぇ。」
「なんでえ、なんでぇ、情けねぇなぁ。そんなんだから、おめぇはいつまで経っても『兄貴ぃ』って呼ばれるのが精々なんだよ。早く小頭ぐれぇになってみろっ。で? この坊主かい、手に負えねぇってのは。」
「へへっ、どうも、おまえさんが銀ちゃんかい?」
「泣く子も黙る銀ちゃ…、銀蔵様よぉ。」
「その銀ちゃん親分にねぇ…」
「なんだか、“ぐぅー”で殴りたくなってきたよぉ、その『銀ちゃん』は止めて『親分』にした方がいいんじゃねぇか? “命あってのなんとか”って言うだろ?」
「命なんかぁ、今さらどうって事ねぇんですけどねぇ、(小声で)もう死んじまってるし。まぁ、事が早く済むってんでしたら、親分って事にしておきますよぉ。」
「大した度胸じゃねぇか、オイッ、聞いたか? お前達ぃ、これぐれぇ向こう張ってみやがれってんだぁ。面白れぇ、言付けとやらを聞こうじゃねぇか。」
「そう来なくっちゃ。いいですかい? よく聞いてくださいよぉ。神様がおっしゃるには、『近頃、ご政道にさえ外れなきゃぁ、何をしてもいい、なんていう連中が増え過ぎた。そこで、北でも南の奉行所でも裁けねぇ様な輩を懲らしめて、天下太平の世を作って欲しい。』と、まぁ親分、おまえさんが、それを任されたって訳よ。」
「そいつはすげぇなぁ。って事はなにかい? この俺様に、お奉行様でも裁けねぇ連中を、バッタバッタと断たっ斬って欲しい、と、そういうこっちゃな。遂に俺様も、鬼の平蔵を超えて、闇の奉行に就任って訳だ。粋だねぇ。」
「ちょちょちょっ、ちょっと待っておくんなさいよ。何で、坊主が神様からの言付けを伝える様な話しが“闇”になっちゃうの?」
「…。寺社奉行に任せた方がいいんじゃねぇか。坊主に神様だ、話しは早ぇだろう。」
「いや、それじゃぁ、ご政道通りでしょ。」
「何だよ、それならゴチャゴチャ言ってねぇで、この銀蔵様がひと肌脱いでやるから、任しとけってんだぁ! なぁ、野郎どもっ! って、オイッ、なに袖の下貰う練習してんだよっ。匕首(あいくち)を十手の代わりに振り回すんじゃねぇ、危ねぇだろっ。纏(まとい)なんかいらねぇよ、どこに纏持って悪人追い掛ける役人が居るんだよっ。祭りじゃぁあるまいし、法被(はっぴ)出してきて、どぉすんだよっ。だからって、裃(かみしも)じゃぁねぇだろぉ、白州の砂利の方に座る気かぁ? うわっ、何でお前は、二本差しなんか持ってるんだよ。第一、この家のどこに、そんなもんあったんだよ。えぇっ? とにかくお前らっ、ジタバタしねぇで、少しは黙ってろいっ。」
「親分、この役、辞退してもらった方が、世の為な様な気がしてきたんですけどねぇ。神様には、あっしから伝えておきますから…。」
「何言ってやがんでぇ、べらぼうめぇ。一度受けたもん、途中で放り出しちまったら、男が廃るってもんよぉ。任せとけぇ! 野郎どもっ、早速見回りだぁ。」

§

見回りと称していても、傍目にはブラブラしている様にしか見えませんが、街中を歩き回っている、その時です。
ブォッフォー! ブォッフォー! ブォッフォー!

「何でぇ、何でぇ、ホラ貝なんか鳴らして、どっかの戦国武将が、戦でも始めようってのかい?」
「親分っ、いや、お奉行様っ、ありゃぁ、あっしらの呼び笛で。」
「はぁ? 普通呼び笛ってのは、ピーッってもんじゃねぇのかい?」
「普通の呼び笛じゃぁ、町方が集まって来ちまいます。折角の手柄を横取りされちゃぁ、たまりやせん。ってな訳で、ホラ貝にしてみやした。とにかく急ぎやしょう。」

§

すっ飛んで行って、現場に着いてみると、どうやら夫婦喧嘩の真っ最中の様子。
叫び声と共に、長屋から男が転がり出て来たと思ったら、すぐに、後を追う様に、包丁を持った女が出て来て仁王立ちです。

「この浮気者の唐変木! 今日という今日は許さないよぉ!」
「何でぇ、おかめ八木のくせしゃがって偉そうに! 俺がいつ浮気したってんだいっ?」
「このバカ亭主! 白を切ろうってのかいっ? おしろいの匂いさせて、紅まで付いてるじゃないかいっ。」
胸ぐら掴んで、襟口を見せます。
「バカ言うんじゃねぇ。これは、蕎麦屋の女中が付けたんじゃねぇか。」
「どこの世に、そんな岡場所みたいな蕎麦屋があるのさぁ?」
「知らねぇのか、“大奥蕎麦”ってのがあんでぇ。行くとなぁ、可愛らしい女中が『お帰りなさいませ、お殿様』って出迎えてくれてなぁ、それで一杯飲んで、蕎麦を頼むと、『美味しくなぁれ、萌え萌えキュン』って拍子を取りながら、薬味を入れてくれんのよぉ。その蕎麦喰って、あぁ旨かったと…。」
「それを岡場所って言わないで、何て言うのさぁ?」
「だから、“大奥蕎麦”って言うって言ってんじゃねぇかよぉ。岡場所遊びができるくれぇの金がありゃぁ、こんなおかめ八木の顔なんか拝んでねぇやぁ。」
「言ったねぇ、バカ亭主! もう、お前さんなんか、帰って来なくていいから、大奥の姫様と、月へでも、どこへでも行っちまいなっ!」
「おぉ、おもしれぇ、一遍、月へでも行ってみてぇと思ってたところだ。おぅ、月に行くのに蕎麦代が無ぇや、銭くれや。」
そこへ、今まで夫婦喧嘩に圧倒されて、ポカンと見ていた親分、いや、お奉行が割って入って来ました。
「わしが月へ送ってやろう。」
腰の刀を抜き、男に突き付けます。
「うわっ、親分、いつの間に。」
「『いつの間に』じゃねぇ、ずっと、一部始終だ。それと、親分じゃぁねぇ、お奉行様って呼びな。」
「お奉行…様? 何の? いつから? 何で?」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、月へ送ってやるから、そこへ直りやがれっ! 奉行としての初仕事だ。有難く思えよ。」
刀を振り上げ、男は絶体絶命。
しかし、その間に、今度はカミさんと、坊主が割って入ります。

「命だけはお助けを。こんなバカ亭主でも、浮気性なだけで、本当はいい人なんです。どうか、お助けを。」
「親分、止めてくださいよっ、断たっ斬って、どうすんですかい?」
「離せふたり共っ、簡単な事じゃねぇか。俺が断たっ斬って、坊主のお前が、月へ連れて行きゃぁいい。」
「無理ですよぉ。あっしは坊主ですよ。月へなんか行けませんよぉ。まぁ、あの世へなら、連れて行けますけどねぇ。」
「駄目か?」
「駄目ですよぉ。第一、こんな“犬も喰わねぇ夫婦喧嘩”をどうにかしろって、神様おっしゃってないでしょ。」
「“犬も喰わねぇ”って、それに噛んじまった俺様は、犬以下って事じゃねぇか。このバカ野郎、早合点しやがって、恥かいちまったじゃねぇか。」
子分を、いや、手下をゲンコツでポカリ。
「まぁ、親分。あの夫婦も、あぁやって涙を流して抱きあっちゃって、仲直りもした様だし、一件落着じゃねぇですか。」
「ん? おっ、おぉ、そうよ、俺様の働きがあったからこその円満じゃぁねぇか。流石は俺様。だんだん奉行らしくなってきたぞぉ。この調子で、見回り続行だぁっ!」

§

真念だけは、だんだん不安が膨らんできましたが、見回りは続きそうです。
またしても、遠くで例のホラ貝が。
ブォッフォー! ブォッフォー! ブォッフォー!

「今度こそは、重大事件か。」
勇んで行くと、そこは、またしても、通りから一つ奥に入った長家でした。
人垣がちょいとばかり出来ています。

「お奉行様のお出ましでぇ。頭が高ぇ。」
なんて、自分で言いながら、人をかき分け、ムリクリ通って行きます。
現場には、すでに手下が待ち構えていました。

「親ぁっ…ぅぶっ、奉行様っ(危ねぇ。間違えるところだった)。どうやら、この仏さん、仏さんの様ですぜ。」
「…。そりゃ、おめぇなぁ、『この饅頭は、饅頭の様だ。』って言ってるのと、変わらねぇよ。それより餡は、粒あんか、こしあんか?」
「お奉行、何言ってんですか。仏さんに、粒あんなんか入っている訳ないでしょう。仏さんは、入る方でしょう、仏壇に。」
「この野郎。うまい事言ったつもりでも、『ん』しか合ってねぇじゃねぇかよ。で、この仏さん、どうしたってんだ?」
「どうしたんでしょうねぇ。ピクリともしやしません。」
「…。当りめぇだよ。仏さんなんだからさぁ。俺はなぁ、『どうして仏さんになったのか』って聞いてんだよ。」
「それでしたら抜かりはねぇですよ。さっき、店子の連中全員に聞いて回りやしたからねぇ。」
「でかした。で?」
「何でも、朝、起きて来ねぇんで、心配になって、見に行ったら、ふとんの中で冷たくなってたって事ですぜ。」
「で、夜中に物音がしたとか?」
「しやせん。」
「誰か、見かけねぇ奴が、ウロついていたとか?」
「ありやせん。」
「仏さん、恨みを買う様なことは?」
「ありやせん。」
「誰か、ホシに心当たりは無ぇのか?」
「星になったのは、仏さんの方で…。」
「その星じゃねぇよ。下手人って意味だよ。」
「下手人なんて、居やしませんよ。だって、ほらっ。仏さんの顔、拝んでみて下さいよ。安らかで、いい顔してるでしょう。」
「どれどれ。おぉ、そうだな。いい顔してやがる。って、オイッ。この爺さん、ただの大往生じゃねぇか? チッ、バカバカしい。線香の一本もあげたら帰るぞ。」
ふと真念の方を見ると、何も無いところを見つめています。
「オイ坊主。どうしたんでぇ?」
「いやね、この爺さん。坊主に向かって、しきりに十字を切ってるんですよ。こんなんだから、いつまでも成仏できねぇんでしょうねぇ。」
「なななっ、何ぃー。」
お奉行は、ガタガタと震えてきました。
どうやら、足の無い輩には、てんでダメな様です。
片や、真念は自分も、今やあの世の住人、元は坊主、仏さんを相手にしていたもんだから、なんの事はありません。

「爺さん。坊主に向かって、十字を切ったって、あの世には行けねぇですよ。手ぇ合わせねぇと。」
「ちっ、がうっ、んっ、ですっ、よっ。あたしゃっ、蠅をっ、捕って、るんですっ、よっと。さっきっからっ、うるっ、さっ、くってっ、ねっ。」
腕を、あっちに、こっちに、振り回しています。
それがまるで、キリシタンが十字を切っている様です。

「爺さんねぇ、元気でピンピンしてたって、蠅なんて、そうそう捕れるもんじゃないんじゃねぇですかい? 第一にねぇ、蠅は生きてるけど、爺さん、お前さんはもう死んでるんだから、絶対に捕まりっこないんだよぉ。蠅はいいから、成仏して…。」
「己、妖怪『大往生ジジイ』この奉行が成敗してくれるぅーっ!」
割って入ってきたのは、血相を欠いて、今、まさに刀を振り下ろさんとばかりに、飛んで来たお奉行様。
「やぁーっ。」
刀を振り下ろす、間一髪のところで、あの世からの使者が、仏さんの両腕を掴み、天高く舞い上がった。
「ふぅー。危ないところだった。十字切っんだもん、ウチ達の担当じゃねぇと思ってたから、遅くなっちまったよ、もうっ紛らわしいったら、ありゃしねぇ。今、斬られたら、この爺さん、仏になったその日のうちに、赤ん坊だよ。あぁ、ちょうど還暦かぁ。それも良かったかな?」
天からの使者と言えども、呑気なもんです。
呑気さなら負けず劣らずの真念も、こうまで、お奉行に刀を振り回されては、たまったもんじゃありません。

「ちょっ、ちょっ、ちょいっ、お奉行っ! 刀納めておくんなさいよ。ちょっ、危ねぇなぁ、ところでお奉行っ、今一度、確認しますけどねぇ、お前さんは、神様推薦の『強きを挫き、弱きを助け、正義を貫く、心優しい八百屋の銀造さん』なんですかい?」
「何言ってんでぇ、べらぼうめぇ。あっちは“銀”の字に“造る”って書いて『八百屋の銀造』、こっちは“銀”の字に“蔵”って書いて『ヤクザの銀蔵』。八百長なら得意だけどよぉ、八百屋(808)とヤクザ(893)じぁ、屋号(893-808=85)が違うよ。」

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©2014 Richard Feynkid