落語? いえいえ落話です
Rakugo? No No Rakuwa.

新巻じゃけ

吉川友梨ちゃん捜索にご協力を

遊び人の銀兄と鉄が新巻ジャケをどうにかしようというお噺です。

「ちょいとごめんよぉ、銀兄ぃー、居るかい?」
「おぉ、鉄じゃねぇか、『上がりねぇ』って言いてぇーところだが、ちぃーとばかし忙しいもんでなぁ、悪ぃーけど、手短にしてくんねぇか。」
「なに言ってんでぇ、いつもブラブラしてるくせに、忙しい訳ねぇだろうに?」
「冗談言っちゃぁいけねぇよ。世の中、年の瀬だぁ、師走だよ。忙しくねぇ訳ねぇだろう?」
「へぇー、銀兄ぃも人並みに忙しいんだ。」
「あたぼうよ! これらか走らなくちゃならねぇ。」
「えっ? 走るの?」
「決まってるじゃねぇか。師走だよ。走らねぇでどうするよ。いつも呑気に『チン、トン、シャン』なんてやってる、どっかのお師匠さんだって走るから『師走』なんだよ。おめぇもモノを知らねぇなぁ。」
「それじゃぁ、銀兄ぃは『師走』だからって、走るの?」
「おぉよ。小せぇ時から、親爺に連れられて、この時分になるってぇと、江戸中駆けずり回ったもんよ。」
「意味も無く?」
「意味がねぇ訳ねぇだろう? だぁかぁらぁ『師走』だから走んのよ。」
「他に用事はねぇの?」
「無ぇなぁ。けどよう、江戸中、みんな走ってんじゃねぇか。」
「みんな用事があって、忙しいから走ってんのよ。たぁーだ走ってる訳じゃぁねぇのよ。」
「じぁ、用事の一つも無けりゃぁ、走んなくてもいいの? 道理でおかしいと思ってたんだよなぁ。どこ行く訳でもねぇ、夜になると帰って来るだけだもんなぁ。ヘトヘトになっても、誰に褒められる訳でもねぇ。大体、走るだけなら、年の瀬じゃなくたっていい。爺さんもくだらねぇ事始めてくれたもんだな。」
「代々、ただ走ってたんかい?」
「でも子供の時分にぁ、『銀坊、ご苦労なこったなぁ。一足早くお年玉だ!』なんつって、飴玉くれたなぁ。うれしかったけど、嫌だったのは、知らないおじさんが、血相変えて、ずうぅーっとついて来るんだよ。恐かったなぁ。」
「ほう、それで?」
「何だか知らねぇが、親爺の奴、そのおじさんの顔を見るや否や、俺を置いて一人で逃げちゃったんだな。でもって俺はそのおじさんに捕まっちゃって、そん時『あぁ俺、このまま吉原に売られちゃうんだな。』って思ったよ。」
「くだらねぇ事知ってたガキだねぇ。それで何で『師走』の、ちゃんとした意味を知らねぇかねぇ。」
「でもよぉ、そのおじさん、すげぇー悪だぜ。親爺に、俺と引き換えに、銭を要求してたもん。」
「そりゃぁ、借金払ってたんじゃねぇかい?」
「そっか、借金取りだったのか。何で『捕まりやがって、このマヌケが!』なんて、怒られるんかと不思議だったよ。俺としちゃぁ、人攫いから命からがら生還できたと思ってたからなぁ。」
「ところで、やっぱり今から走るんかい?」
「バァーカ、バァーカしくて走ってらんないよぉ。こんなくだらねぇ事、親子三代も続けちまったけど、俺の代でお終めぇーよ。俺の代でお終めぇーか、お終めぇーなのか、うっうっうぅー(涙)、そう考えると、目頭が熱くなるぜぇ。」
「そんな大層なもんじゃぁねぇと思うがなぁ。」
「それもそうだな。」
「立ち直りが速いねぇ」
「おぅ、もう暇になっちまったから、ゆっくりしていけよ。ところで何の用だい?」
「すっかり忘れるところだったよ。じゃぁ、こいつを見てくれよ。」
と得意そうに、荒縄で縛られ、干涸びて痩せ細った魚らしきものをぶらさげます。

§

「…。立派なシシャモだなぁ。」
「新巻ジャケだよ。」
「これがぁ?」
「まぁ、正確には『今年の正月には』ってところだな。」
「もう、師走だよ。食えるのかよ、これ。しわくちゃで、どっかのお寺の即身仏みてぇじゃねぇか。どうしようってんだい?」
「何かと入り用じゃねぇかと思ってよぉ、こいつを師走のどさくさに紛れて、売っちまおう、って寸法よ。」
「こりゃぁ売れねぇだろう。」
「だから、こうして銀兄ぃの所に来たんじゃねぇか。」
「なんとなく人聞きが悪ぃー様な気がするけど、まぁ、頼りにされて、黙って帰す訳にはいかねぇなぁ、こっちとら江戸っ子だよ。よっしゃぁ、人膚脱ごうじゃねぇか。」
「そう来なくっちぁ。で、どうすりゃいいんだい?」
「んー。そうさなぁ、このままじぁ旨そうじぁねぇ、どうにかしねぇといけねぇなぁ。とにかく、このしわくちゃをどうにかするか。おぅ、桶にお湯張って持ってこい。」
「この寒いのに外で風呂かい?」
「何言ってんだい。こいつをお湯に浸けて、戻そうってんだい。」
「煮干しみてぇなもんだな。ちょいと待っておくれ。」
そう言って桶にお湯を張り、重たそうに鉄っつぁんが持ってきます。
「お待ちどう、こんなんでいいかな?」
「おぅ、上等だ。じぁ入れるぜ。」
二人で"元"新巻ジャケを桶に入れようとしますが、乾燥し過ぎて、なかなか沈みません。そうこうしているうちに、
「あっ、くの字に折れちまった。どうする兄ぃ?」
「心配すんねぇ。そこにある折れた傘の骨でも突っ込んどけ。同じ骨と名のつくもんだ、問題ねぇ。」
「さすが銀兄ぃだ。屁理屈がまかり通ってらぁ。」
「まぁな! よしっ、このまま八つ時ぐれぇまで、放ぉっておけば、少しは太るだろう。」
「それじゃぁ、またその頃に来るよ。」
と言って鉄っつぁんは一旦帰ります。

§

 そして、八つ時前に居ても立ってもいられなくなって来てしまいます。
「銀兄ぃー、どうだい? 旨そうになったかい?」
「もちろん! …って言いてぇところだが、膨れただけだなぁ。色艶が悪りぃ。よしっ! 鬢付け油持ってこい。」
「お粧しして、遊びに行こうってんかい? このシャケどうすんのさぁ。」
「俺が粧しても仕方ねぇだろ? こいつを粧すのさ。」
と鬢付け油を"元"新巻ジャケ中に塗りたくります。
「どうでぇ? この色艶、"新巻ジャケ"って感じじゃねぇか。」
「すげぇなぁ、気持ち悪りぃぐれぇ脂がのってるよ。」
「『脂がのってる』っつーより、『脂が浮いてる』っつー感じだけどなぁ。まぁ、気にすんねぇ、早速こいつを売りに行くとするか。」
「ちょっと待ってよ、兄ぃ。こいつの腹ん中見られたら、旨そうじゃねぇよ。」
「あれまぁ、ホントだ。赤土みてぇな色しちゃってんなぁ。おぅ、そうだ! そこにある"紅"持ってこい。」
「"紅"なんかこの家にあるんかい?」
「あたぼうよ。この間、カカァの奴『あんたばっかり、遊びほけて、お金使って、私には紅の一つも買ってくれやしないじゃないかい。』なんて怒るもんだからよ。『何言ってやがんでぇ、紅なんてツラかよっ。』って言ってやったら、平手打ちが飛んできて、俺の頬が紅色に染まっちまったよ。」
「はっはっはっ、それで買ってきたんだ。」
「おうよ、これで買ってこなきゃぁ、今度は鼻血で紅色になる事を覚悟しなくちゃならねぇ。」
「で、この紅をどうすんでぇ?」
「決まってんじゃねぇか、腹ん中に塗るのよぉ、ついでに鬢付け油も塗ったくって、よしっ! 出来上がり。」
「凄げぇ、旨そうだよ。やっぱり、これ売らないで、食っちまおうよ。」
「何言ってんでぇ。おまえは、お湯でふやかして、鬢付け油と紅を塗ったくって、食ってるうちに、傘の骨が出てくる、元新巻ジャケを食いたいんかい?」
「いらねぇよ、ひでぇな銀兄ぃは。そんなのを俺に食わせようとしてたんかい?」
「おめぇが食いてぇって言ったんじゃねぇか。いいから、行くぞ。」
と二人は出来上がったシャケを売りに行く事にしました。

§

 しばらく行くと、神社の境内で何らや催しがある様で、人々で賑わっております。催しが何であれ、全く関係の無い二人は、この賑わいに乗じて、売る事にしました。
「さぁーて、この辺で店を構えるとするか。おぅ、ちょいとそこいらで、木箱でも拾って来ねぇ、そいつをひっくり返して店台にしようじゃねぇか。」
何処から拾ってきたのか、鉄っつあんが崩れかかった木箱を持ってきました。
「こんなんでいいかい?」
「上等じゃねぇか。そんでもって、葉っぱでも敷きてぇなぁ。なんかねぇかい? 枯れ葉じゃねぇよ、おまえ、枯れ葉を敷いてある魚屋見た事あるかい? そうだよ、蒼い葉だよ、そうそう、いいねぇ、よしっ、これでいい。そんじゃぁ鉄、売ってみな。」
「ええっ? 俺? それじゃぁ、うぉっほん(咳払い)、えー、右や左の旦那様、この哀れな二人とシャケ一匹にお恵みを…。」
と頭を下げます。
「だぁー、待て待て、何だそりゃぁー、『チャリーン』って、あっどうも(にっこり)へへっ(頭ポリポリ)、じゃぁなくてぇ、これを売って『懐に…』だろう? 物乞いじゃねぇんだから、ちょっと俺の見本を見ててみろ。うぉっほん(咳払い)、へぇーい、いらはい、いらはい、上等な新巻ジャケだよぉ。最後の一本だぁ、旦那!安くしとくよぉ、買ってかないかい? へぇーい、いらはい、いらはいぃー。」
「ちょっ、ちょっと待ってよ銀兄ぃ。こいつは最後の一本じゃなくて、最初っから一本しかねぇよ。嘘ついちゃぁいけねぇよぉ。新巻っつぅーより古巻だしぃ。」
「おまえなぁ、それは真っ当な物を売る時に言う台詞だよ。これが真っ当かい? 大体、俺がいつ嘘ついた? これは確かに『上等な新巻ジャケ』だったろう? 昔は…。 んでもって、俺達にとっては『最初で最後の一本』だよなぁ? 何か間違ってる事言ってるかぁ?」
「いや、その、どうかなぁ?」
「しかもだ! 『旦那!安くしとくよぉ』って、安くわけてやろうってんだから、お人好しもいいとこじゃねぇか、こんな善人、なかなか居ねぇぞぉ。」
「それこそ、真っ当な物を売る時の台詞じゃねぇかい?」
 そこに、金はありそうだが、品はなさそうな男がやってきます。
「ちょいと見せてもらうよぉ、おっ、良さそうだねぇ。」
と言って、触ろうとします。
「あーっ、だだだだっ、触っちゃだめ!」
「なんで?」
「ぬるっとするし、手に付くから。」
「ぬるっとするのぉ? 何が手に付くの?」
「いやぁー、そのぉー、まだ新鮮だし、ちったぁーヌメりもあるのよぉ、手に…うぅーん、そう! 生臭いのが付いちまう。なんてったってぇ新巻だからねぇ。」
「おぉ、そうかい。」
クンクンと今度は、匂いを嗅ごうとします。
「あーっ、だだだだっ、嗅いじゃだめ!」
「なんで? なんか、このシャケ…、なんつぅーか、色っぽい香りがするねぇ。脂ののったいい女っつーか、なんつーか。」
「えぇーと、そ、そうでしょぉ、この真っ赤な色艶の匂いですよぉ。」
「色艶に匂いがあるんかい? 何だか変だなぁ、やめとくよ。」
と言って足早に去ってしまいました。
 そんなこんなで、なかなか売れずに困っていると、境内の先で、キョロキョロしていた男が、こちらを見るってぇーと、一目散に駆け寄ってきます。すると、
「あっ、鉄。やっぱり俺、今年も走る事にしたよ。」
「どうしたんでぇ? 急に…。」
「向こうから借金取りが来やがった。このままじゃぁ、俺が新巻(荒巻)になって、大川に浮んじまう。」

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