落語? いえいえ落話です
Rakugo? No No Rakuwa.

歯みがき

吉川友梨ちゃん捜索にご協力を

モテない大工 八っつあんと、その棟梁 龍っつあんのお噺です。

「棟梁! ちょいと聞きてぇ事があるんですがねぇ。」
「おぉ、八か。上がってこっち来い。何でぇ、聞きてぇ事って?。」
「それが、どうしてあっしは女にモテねぇんでしょうねぇ。」
「うーん、そうよなぁ。おめぇは仕事は出来るし、役者並みとはいかねぇが、目鼻立ちも悪くは無ぇ。博打はやらねぇし、酒たばこは程々だが、少々ズボラな所が…。それだ!」
と、ポンと膝を叩く。
「ど、ど、ど、どれですかい?」
「『たばこ』と『ズボラ』よ。」
「『たばこ』と『ズボラ』…? どうして『たばこ』と『ズボラ』が、まずいんですかい? あーっ、分かりましたよ棟梁。確かにあっしは、ズボラかもしれねぇ。いつぞやなんか、たばこの灰をポーンとやるのが面倒で、煙管をくわえたまんま、フーッと吹き飛ばそうと思ったら、まだ火がついていやがって、そのまま腕にポトン。アチチチチチィー!って、これがあん時の火傷の跡です。」
と、腕の赤く膨れた跡を棟梁に見せる。
「おまえ、これは『蚊に食われた』って言ってなかったか? 道理で冬でも赤くなってるはずだ。」
「へへへ、『横着しやがって』なんて、棟梁に叱られると思って、格好悪いし言えなくて…。それより、『たばこ』と『ズボラ』って、なんですかい?」
「おまえは今、ズボラな事は認めたな?」
「ヘイ。」
「で、たばこもやるな?」
「ヘイ。」
「そしたら、俺をじぃーっと見ろ。」
と、ニカッと満面の笑みを浮かべる。
「なんですかい? その『ニカッ』っていうのは。あーっ、そうか、実はあっしに、女房を世話してくれるんですね。それならそうと、勿体ぶらずに、最初から言って下さいよぉ。」
「なんでそうなるんだ。おまえみたいな半人前を紹介したら、先様に恨まれるのは、この俺だよ。そうじゃない、もう一度、俺を見てみろ。」
と、またしてもニカッと満面の笑み。
「その『ニカッ』っていうのが、イマイチ分かんないんだよなぁ。あっしに、そんなに愛想を振り撒いても仕方無いし…。あーっ、今度こそ分かりましたよ。ありがとうございます棟梁。」
と頭を畳に擦り付ける。
「なんだ、なんだ、どうしたんだ?」
棟梁たじたじ。
「『鳶龍』をあっしに譲って頂けるんでぇ?」
「八、うちは知っての通り大工だ。ノミなら沢山ある。そいつで、おまえをブスリとやってもいいんだぞ。」
「まったぁー棟梁、冗談ばっかり。」
「おまえこそ、冗談も程々にしないと、次の建前で、土間に埋めるよ。そうじゃない、俺を良く見ろ。」
と、またまたニカッと満面の笑み。
「だんだん気分が悪くなって来やした。」
「なんて失礼な奴なんだ。」
「だって棟梁の顔でしょぉー。見ててうれしいもんじゃねぇし…。」
「終いには、ぶつよ。」
「棟梁の顔にねぇ…。あっー!。あっはっはっはっ、分かりましたよ棟梁。その口元の色っぽい『付けホクロ』でしょう?」
「男のホクロが色っぽい訳ないだろう。だいたい、これは『付けホクロ』じゃ無ぇし、『たばこ』と『ズボラ』はどこ行っちまったんだ。」
「そう言えば、そうですねぇ。今ごろは箱根の湯にでも浸かってるんじゃありませんか?」
「おまえのことは、漬物樽で漬けてやろうか?」
「棟梁、もう勘弁して下さい、降参です。教えて下さいよ。」
「その『勘弁』の意味が、『もう俺の顔を見たくねぇ』っつうんじゃねぇだろうなぁ。」
「もちろん、それもありますが…。」
たまらず、八の頭をポカリとやったところで、棟梁は渋々話しはじめます。
「いいか?、八。俺がこれ程までに、モテるってぇのはなぁ…。」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいよ。あっしに嘘、教えるんじゃないでしょうねぇ。」
「なんで、嘘なんでぇ?」
「だって、棟梁がモテるなんて、ゴニョゴニョゴニョ…。」
八が思わずうつむいてしまいます。
「一々引っかかる奴だなぁ。おめぇは、俺のモテモテぶりを知らねぇから、そう思うんだ。昔なんかなぁ、街を歩いてりゃぁ、「キャー、龍っつぁん。仕事なんて行かないで、あたしと一緒に、お芝居見に行きましょうよぉ。」なんて、大変だったんだぞ。その中から、『これっ』と思ったのが、今のカカァよぉ。ちと怖ぇがな。」
と、語尾に迫力が欠けますが、八は力無く、
「はぁ。」
「なんでぇ、『はぁ』ってのは?」
「本当に選べたんですかい?」
「おまえ、そんな事、カカァに聞かれたら事だぞ。」
ガチャン(茶碗の割れる音)、ショォーリ(包丁を研ぐ音)、ショォーリ、ショォーリ、ショォーリ、
「…。」
「聞こえちまった様だな、知らねぇぞぉ、ありゃ包丁研いでる音だぞ。」
八、怯えて、
「そんなぁ、脅かしっこ無しですよぉ。お、お、おカミさん、い、い、いつも綺麗で、憧れちゃうなぁー。近所でも評判だしぃー。こんなんでいいですかねぇ。」
「何とも言えねぇなぁ。とにかく、お天道様が沈まねぇうちに帰るんだな。」
「ヘイッ、ってまだ帰る訳にはいきませんよ、その『ニカッ』っていうのを教えてもらわなくっちゃぁ。」
「おうおう、そうだった、忘れてた。この満面の笑みはなぁ、何もおまえに愛想良くしてる訳でも、俺の男前をひけらかす為でもねぇ、んっ? おまえ今笑っただろう? 笑ってない? 気のせいだって? なんか気になるなぁ、まぁいいか。で、だなぁ、俺はなぁ、この歯を見ろと言ってんだ。」
「歯ですかい? 歯ならあっしにもありますよ。」
「大抵の奴にはある。ねぇのは赤ん坊と年寄りくれぇなもんだ。そうじゃねぇ、俺の歯と、おまえの歯とは、決定的な違いがあんだよ。」
「へぇー、どんな違いですか? その歯が南蛮渡来とか言うんじゃないでしょうねぇ。」
「こりゃぁー元々ついてんだよ。そうじゃねぇ、この白く輝いた俺の歯と、おめぇの歯じゃぁ、全然違うだろう?」
八、胸を張って得意げに、
「あっしの歯は、黄金色に鈍く光る、高貴なもんじゃねぇですかぁ。」
「どこが高貴なんだよ。」
「歯の色と、フンドシの色が、お洒落に合わせてあるんです。」
と言って、着物の裾をちょっと上げる。
「洗ってねぇだけじゃねぇか! 見せなくてもいいよ。いい加減にしろ。おまえの歯は、黄金色に鈍く光るなんていいもんじゃねぇ、単にたばこのヤニで、真っ黄っ黄ってやつだ。そんなんじゃぁ、見栄えも悪いし、息もたばこ臭せぇ。そんな奴に、年頃の娘が、『八っつぁん素敵』なんて言いながら、頬づりしてぇと思うか?」
「あっはっはっはっ、棟梁、そんな奴にすり寄って行く娘がいる訳ないじゃねぇですかぁ。」
「その『そんな奴』ってぇのが、今のおまえだよ。」
「あっ、そうか!」
「気がつくのが遅せぇんだよ。」
「あぁ棟梁、この歯、どうしたらいいでしょうねぇ。」(ちょっと猫撫で声)
「じゃぁーおめぇも、俺みてぇになりてぇか?」
「いや、それはちょっと…。あーいやいや、なりたいです。なりたいです。是非!」
「本っ当に引っかかる奴だなぁ。とにかく、この輝く白い歯になるためにはなぁ『歯みがき』よ。」
「そりゃー無理ですよぉ。だって、今『男』だって磨き切れてねぇし、大工の『腕』だって磨いてる最中ですぜぇ、いつになったら『歯みがき』できるんだよぉ。どこに修行に行けばいいんだよぉ。」
と絶望的になると、
「そんなたいそうなもんじゃねぇし、修行なんか行かなくてもいい。口ん中に、指を突っ込んでコチョコチョやるだけよ。」
「そんなんで良ければ、あっしにも出来そうですぜ。やり方教えて下さいよ。」
「それじゃぁな、うちの歯みがき粉を少し分けてやるから、やり方を覚えて帰るんだぞ。まずなぁ、この歯みがき粉を少し指につけてから、口ん中に入れて、歯を撫でる様に、磨くんだ。どうだ、簡単だろう?」
ポンと膝を打ち、
「ははぁー、なるほど簡単そうだ。うちに帰って早速やってみます。ところで棟梁、この歯みがき粉は飲み込んじゃっていいんですかい?」
「まったく、おまえは口の中に入る物は、何でも食えると思ってやがる。これはなぁ、『房州砂』が入ってる。飲み込む物じゃねぇ。」
「イヤですよぉ棟梁、口ん中に砂なんか入れて、ジャリジャリなんかしたくねぇですよぉ。だって、毎朝、しじみ汁でジャリジャリやってますから…。」

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